通常級・特別支援学級 交流ワークショップの実践 vol.3 ~外部アドバイザーの視点から~
全3回にわたってお送りしてきた「通常級・特別支援学級 交流ワークショップの実践」コラム。最終回は、交流ワークショップを外部アドバイザーとしてご視察いただいた、海老沢穣さんのコラムをお送りします。子どもたちの反応、先生の反応、アーティストの子どもたちへの働きかけ方など、様々な視点から交流ワークショップをご視察いただき、コラムとしてまとめていただきました。大切なことがたくさん詰まっていることを改めて感じられるコラムです。ぜひご覧ください。
これまでのコラムは下記よりお読みいただけます。
>>「通常級・特別支援学級 交流ワークショップの実践 vol.1」はこちら
交流ワークショップの概要を体験した子どもたちと先生の感想を交えて紹介しています。
>>「通常級・特別支援学級 交流ワークショップの実践 vol.2 ~アーティストの視点から~」はこちら
交流ワークショップを実施したアーティスト3名それぞれの実施後コメントを紹介しています。
交流ワークショップ コラム
一般社団法人SOZO.Perspective 代表理事
東京都立特別支援学校外部専門家
NPO法人芸術家と子どもたちアドバイザー
海老沢 穣
◯非言語の世界の大切さ
3歳から10歳にかけての息子に父親が年1回インタビューをした記録が綴ってある、杉山亮さんの「子どものことを子どもにきく」(ちくま文庫 2022)は子どもの成長を鮮やかにとらえた魅力的な本です。その冒頭にとても印象的な詩が載っています。
ここどこかしらない でもぼくいる はななまえしらない でもきれい だけどこころはだんだんまちになる (杉山亮「子どものことを子どもにきく」ちくま文庫 2022) |
子どもたちは言語では表現しきれない様々な感覚や表現の世界をもっているけれど、大人になるにしたがって「ことばだらけのこころ」になって、みんな「そのしたのマグマ」を忘れてしまうのかもしれません。
学校という場は言語での思考やコミュニケーションを前提として成り立っています。その中で大人は当然のことのように言語で子どもとやりとりをし、子どもたちの認知・言語やコミュニケーションの発達を促す指導や支援に関わっています。言語を操る大人と、言語が未発達だったり何らかのハンディがあったりする子どもたちは非対称の関係にあるともいえます。
ただよく見てみると、子どもたちは言葉にならない非言語の世界にとても豊かな感性をもっていると感じることがしばしばあるのです。
私は特別支援学校の教員を長く務めましたが、その中でアーティストと子どもたちのワークショップに取り組む機会を得ることができ、とても鮮烈な印象を受けました。今まで表現として認識することのなかった子どもたちの身体の動きが、アーティストを通して様々な創造的な表現として目の前に現れるようになりました。「子どもたちはとっても豊かな表現をしてる!すごい!」 これはワークショップに居合わせた教員みなが感じた新鮮な体験でした。
「僕は子どもたちの手のひらの上でクルクル回されているようなものなんです。師匠は子どもたちです。」 これはその時にワークをしてくださったアーティストの言葉です。大人も子どもも対等の関係になって表現の世界を創り出していることが実感を伴って理解できました。
私たちが普段指導や支援が必要だと捉えている子どもたちの姿はそのほんの一部にすぎないのではないか。非言語の世界に子どもたちはとても素敵な感性をもっているのに、私たちはそれを見落としてしまっているのではないか。そんなことを改めて感じさせられた体験になりました。
◯子どもたちの長所・強みを引き出す
社会の価値観や科学技術の進化に伴い、今の教育は大きな変革を迫られています。令和5年6月16日には第4期教育振興基本計画が閣議決定され、令和5年度から今後5年にわたる国の教育施策を方向付ける計画が打ち出されました。今後の教育政策に関する基本的な方針として、①グローバル化する社会の持続的な発展に向けて学び続ける人材の育成、②誰一人取り残さず、全ての人の可能性を引き出す共生社会の実現に向けた教育の推進、③地域や家庭で共に学び支え合う社会の実現に向けた教育の推進、が掲げられています。
共生社会の実現に向けた教育の考え方として注目すべき点は、「支援を必要とする子供たちの長所・強みに着目する視点の重視」が取り上げられたことです。そこでは「支援を必要とする子供やマイノリティの子供の他の子供との差異を『弱み』として捉え、そこに着目して支えるという視点だけではなく、そうした子供たちが持っている『長所・強み』に着目し、可能性を引き出して発揮させていく視点(エンパワメント)を取り入れることも大切である」ことが示されています。できないことをできるようにするための支援は大切だけれど、それだけではなく、子どもたちの「長所・強み」を見つけ、その可能性を引き出す教育を進めていきましょう、というメッセージです。
私たちは子どもに困難さがあると、その困難をできるだけ改善しようとする支援にフォーカスしがちです。それはそれで大切なのですが、困難さを改善する練習だけが続いてしまうと、成果が上がらなかった時に自己効力感はどんどん下がっていってしまいます。支援とは別の視点として、その子のもっている長所や強みを引き出す取り組みを様々なアプローチで考えていく必要があります。アーティストとの身体表現のワークは、子どもたちが困難を抱えることの多い言語を介在することなしに、非言語の表現やコミュニケーションを広げることができます。自分でも気づかなかった思わぬアイデアや表現が引き出されることがあり、それが自己効力感を高めたり、自分の長所・強みに気づいたりすることにつながる可能性があります。また、学校はどうしても決まりごとに従ったり、正解のある問いに答えたりすることが求められる場になりがちですが、コンテンポラリーダンスの世界にはそうした決まりごとや正解が少なく、思ったり感じたりしたことをそのまま表現できるよさがあります。そうしたワークに出会うと、子どもたちは安心して自分を表現したり、創造性を発揮したりすることができるのではないかと思うのです。
◯身体のコミュニケーション
身体はもともと他者との共同性を持っているとされています。発達心理学者の浜田寿美男さんは、身体には同型性と相補性というもともと私たちに備わっている特性があるとしています(浜田寿美男 「私」とは何か ことばと身体の出会い 講談社 1999)。浜田さんによれば、同型性とは、相手が泣いていると思わずもらい泣きをしてしまうとか、スポーツの試合を観戦していると、相手と戦っている選手と同じように力が入ってしまう、といった生得的に備わった性質のことです。相補性とは、相手の身体が自分に働きかけてきた時に、その働きを受けとめたり、逆に自分が相手の身体に向けて働きかけたとき、相手がその働きかけを受けとめることを見てとる、といったように、相互に補い合う関係性のことです。そこには、相手に自分と同じ主体があることを受けとめつつ、相手との差異を感じる「相互主体性」の関係があります。このように、私たちは身体の個別性を持ちながらも、他者との共同性を持つ身体で生きています。
田畑真希さんのワークショップでは、「すごい重要なルールがあるんだ。それはしゃべらないこと。」と子どもたちに明示して行うワークがありました。しゃべらないことを意識したワークを行うことで、身体のもつ共同性がより明確な形で子どもたちに体感されるようになります。相手の手に合わせて顔を動かしていく「ハンドパワー」のワークでは、距離を離さないように、でもくっつけすぎないように、相手を意識して相手に合わせていく動きが大切になります。身体の共同性を生かしたコミュニケーションが体験を通して広がっていきます。
青木尚哉さんのワークショップでは、輪になったグループで一人のポーズを全員が模倣するワークがありました。自分のアイデアや表現をみんなが真似てくれる心地よさやおかしさが体感できるワークです。子どもたちの表現は圧倒的に面白くて、「さどが〜しま〜」「ひこくにん!ドンドン!」「かねよこせ〜!」など、即興的で豊富なアイデアが次々に飛び出しました。輪に加わっている大人も含めて全員が子どもたちのポーズを模倣します。大人から子どもへの指示や伝達が多くなりがちな通常の学校空間と違う創造的な場がそこに展開していました。
(※海老沢氏は都内A小学校×田畑真希と都内B小学校×青木尚哉のワークショップを視察)
アシスタントダンサーの存在もとても大切です。ワークの初めに緊張していたり、どう動いていいか分からなかったりした時に、身体でこんなことも表現できるんだ!これもOKなんだ!という場作りを行っていく役割です。アシスタントの動きに触発されていろいろな表現が引き出されたり、子ども同士がペアになって行うワークにアシスタントがうまく仲介役となり、二人の表現が広がっていったりする場面がたくさんありました。
交流活動というと、交流を行うことそのものをメインに考えてしまいがちですが、他者との共同性を持つ身体を感じたままに表現できるワークは、お互いの体験を自然と共有できる要素がたくさんあります。楽しんで取り組んでいるうちに「なんか一緒に身体を動かせて面白かった」という感覚が共有できれば、交流の目的は果たせていることになります。できれば1回の体験で終わらせるのではなく、継続して取り組めれば、気持ちと身体がどんどん開放されて、創造的な表現を共有できる体験が積み重ねていけそうです。そうしたアプローチを時間をかけて様々な場で広げていくことが、共生社会を実現する上でも大切なのではないでしょうか。
◯正解にとらわれないこと
今回のワークショップを体験した学校の子どもたち、先生たちの感想を読ませていただいて、いくつかの気づきがありました。
子どもたちからは、
「ダンスはもっと決まったことしかできないと思っていたけど、ダンスで自分の気持ちを表現でき、新しいダンスを知ることができた。」
「お互いの動きが面白く、一緒に笑えた。」
「交流給食だとあまり話せなかったけど、今回のダンスで話すことができた。」
先生たちからは、
「話すことが苦手な生徒も、身体でコミュニケーションをとることができて満足した表情だった。」
「言葉を用いないことで相手の考えを察する、思いを巡らせるという大切なコミュニケーションに気づくことができた。」
「言葉でのコミュニケーションがなかったからこそ、自然な笑顔が生まれていて素敵な時間だった。」
という感想がありました。言葉を使わない身体のコミュニケーションだからこそ感じた気づきや、身体で共有する体験ができたことでお互いを知ることができたことがよく伝わってきます。
また先生たちからは次のような感想もありました。
「みんなが正解にとらわれることなく、思うがままに身体で表現できていた。」
「子どもたちに正解を求めずに、様々な方法での表現ができるよう授業を考えていきたい。」
実は私たちはすぐに正解を求めたがる傾向があります。これは私たちの受けてきた教育と無縁ではありません。正解を知り、間違えないように進めることが正しい、間違えてはいけない、という価値観が強く根付いてしまっているのです。しかし、これからは予測困難で正解のない時代になっていきます。正解にとらわれすぎることなく、まずはやってみて、もしうまくいかなかったら修正して進めていこう、という思考や意識への変化が必要です。そしてそこでは、誰かが教えてくれる正解を待つのではなく、自分はどう感じているか、どう考えるかという視点がとても大切になります。子どもたちの長所・強みを引き出して発揮させていくには、自分なりの感じ方や考え方を育て、失敗よりもチャレンジしたことをたたえて支える場づくりや、これまでの当たり前にとらわれず、様々な視点から創造性や表現を培っていく学びや体験が大切になっていきます。こうした積み重ねが社会の多様性につながり、社会の強みにもなっていくのだと思います。
学習指導要領の理念では「社会に開かれた教育課程」を推進することが全ての基盤になると示されています。これからの学校では、「社会と連携・協働した教育活動を充実させること」がますます求められるようになっていきます(文部科学省 社会に開かれた教育課程)。国も文部科学省もこうした連携を推奨し、後押ししているのです。
アーティストやコーディネーターなど専門家との連携を進めていくには、教師の存在がとても重要です。先生の中には外部と連携するような新しい取り組みには見通しが持ちづらく、なかなか踏み出せない方もいます。今回の「公益財団法人 パブリックリソース財団」による「Y’sファンド D&I基金」交流ワークショップ事業の成果が好事例としてより多くの学校に知られていくことで、先生方がぜひやってみたいと手を挙げてくださること、そこからさらに多くの子どもたちとアーティストとの出会いが広がっていくことを心から願っています。
私もその一端を担えるように、自身が講師を務める研修会や講演の場で今回の事例を少しでも広くお伝えしていきたいと思います!
海老沢 穣(えびさわ ゆたか) 特別支援学校の教員を25年務め、アーティストとのコラボレーションやICTの積極的な活用を行い、子どもたちのアイデアや表現を引き出す授業実践に取り組んだ。2021年4月に一般社団法人SOZO.Perspective(ソウゾウパースペクティブ)を設立し、代表理事に就任。教育委員会や学校主催のICT活用研修講師や特別支援学校の外部専門家として、授業デザインの提案や助言、ワークショップなどを行っている。新渡戸文化学園 NITOBE FUTURE PARTNER、NHK for School「ストレッチマンGO!」番組委員、杉並区立桃井第三小学校学校運営協議会委員。 |
〔引用文献〕
杉山亮 子どものことを子どもにきく ちくま文庫 2022
文部科学省 教育振興基本計画 2023-6-16 https://www.mext.go.jp/a_menu/keikaku/index.htm
浜田寿美男 「私」とは何か ことばと身体の出会い 講談社 1999
文部科学省 社会に開かれた教育課程 2020-1-28 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/__icsFiles/afieldfile/2020/01/28/20200128_mxt_kouhou02_03.pdf
海老沢さんには実施校3校中2校のワークショップをご視察いただき、子どもたちの様子、そして先生の反応や変化も感じていただきました。今回、いずれの学校の先生にとってもはじめてのチャレンジとなる交流ワークショップでしたが、今後にいかしていきたいという感想も多くいただきました。先生なくしては、学校でのワークショップは実現できませんので、先生にとってもチャレンジしやすい機会になるよう、私たちも丁寧にコーディネートしていきたいと思います。そして、今回のアーティストによるワークショップ型授業でそれぞれの子どもたちが体感したことが、これからの学校生活はもちろん、地域での生活や、大人になっていく過程など、どこかにつながっていたら嬉しく思います。
通常級・特別支援学級 交流ワークショップ事業をご支援いただいた「公益財団法人パブリックリソース財団(Y’sファンド D&I基金)」の皆さま、ご参加いただいた学校の先生方、アーティストの皆さま、そして子どもたちに、この場を借りて改めて御礼申し上げます。
[助成] 公益財団法人パブリックリソース財団(Y’sファンド D&I基金)
写真・編集:NPO法人芸術家と子どもたち
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