【シンポジウム報告】少年院×アーティスト~矯正教育におけるアーティスト・ワークショップの可能性~<前編>
【シンポジウム報告】
少年院×アーティスト
~矯正教育におけるアーティスト・ワークショップの可能性~
<前編>
私たちNPO法人芸術家と子どもたちは、1999年に発足以来、学校や児童養護施設などの教育・児童福祉の現場で、数多くのアーティストによるワークショップを実施してきました。その中で、発達障害のある子や虐待を受けた経験のある子など、今の社会に生きづらさを感じている子どもたちへのワークショップの意義を強く感じてきました。そうした子どもたちにとって、アーティスト・ワークショップの体験は、その後の人生を生きていく上での力になるかもしれない。そんな思いから、2022年度より東日本少年矯正医療・教育センター(少年院)にて、身体表現のワークショップを始めました。
今回のシンポジウムでは、当企画を受け入れてくださった法務省や少年院の法務教官の方々、そして、実際にワークショップをしてくださったセレノグラフィカ(ダンスカンパニー)のお二人をお迎えして、アーティスト・ワークショップが、少年院にいる子どもたちにどのような影響をもたらすのか、その可能性について、みんなで考えていきました。
これから3回にわたって、その内容をコラムの形でご紹介します。
今回の<前編>は、法務省矯正局少年矯正課 課長 山本宏一さんによる講演の様子をお届けします。
※記事内の画像は、発表者のスライドを転載したものです。
【助成】公益財団法人ベネッセこども基金
シンポジウム「少年院×アーティスト」~矯正教育におけるアーティスト・ワークショップの可能性~ 概要
登壇者 | 山本宏一/法務省矯正局少年矯正課 課長 向井信子/元・東日本少年矯正医療・教育センター教育調査官、現・法務省大臣官房会計課 北村靖子/東日本少年矯正医療・教育センター統括専門官 法務教官 隅地茉歩/セレノグラフィカ(ダンスカンパニー) 阿比留修一/セレノグラフィカ(ダンスカンパニー) |
実施日時 | 2024年1月14日(日)13:30〜16:00 |
実施場所 | IKE・Biz としま産業振興プラザ 6階 多目的ホール |
プログラム |
①芸術家と子どもたちの活動紹介 ※太字の②が、今回の<前編>のコラムでお届けする内容です。 |
参加者 | 法務省関係者、矯正教育研究者、教員、アーティスト、メディアなど80名 |
『生きづらさを抱える少年院の子どもたちへの対応の現状と課題』
矯正局少年矯正課長の山本と申します。堅苦しい名前ですが、私も実は元々少年院の先生です。非行少年たちと関わることを仕事にしたいと思って、この世界に入りました。
『少年院とアート』っていうと、「少年院って悪い子を反省させるところでしょう?少年院とアートって、関係あるの?」って言われます。なぜ、私が芸術家と子どもたちの皆さんとアートを通じて少年たちと活動をしたいと思ったのか、その理由となる、少年院に来る子たちにどんな背景があるのかを、皆様にご紹介したいと思います。
// 少年院ってどんなところ?
少年院は全国に44カ所あります。大人と違って、刑罰ではありません。少年法の中で、非行少年たちをもう一度健全に育てることを目的とした施設です。学校と同じような内容のいろんな活動をやっていますが、ざっくり言うと、出入りが不自由な全寮制の学校です。そんな場所が少年院です。
非行少年は必ず家庭裁判所に係属されます。令和3年の場合、大体39,000人ぐらいです。私が少年院の先生になった頃は20何万人いましたので、本当に少なくなっています。家裁に大体39,000人ぐらい行って、この中から少年院に入る子は1,377人で、37,000人ぐらいは、社会に戻ります。
そういう意味では、簡単には来られない場所です。非行しても、ほとんどの子は少年院に来ないです。本当に限られた子しか入りません。こう話すと多くの人から、「選びに選ばれためっちゃ悪い人が少年院に行くんですね。恐ろしいところですね。」って思われます。でも、実はちょっと違います。
少年院は第1~第5まで種類があります。犯罪傾向が進んだ少年は、第2種と呼ばれる少年院にいます。令和3年だと、少年院に入っている1,777人のうちの28人です。心身に著しい障害があり、ドクターの治療が必要な子たちがいるのが、第3種の医療少年院と言われるところで37人です。ですから、実は少年院に来るほとんどの子たちは、犯罪傾向が進んでいなくて、心身の障害もなく、ドクターの治療が必要ない子たちです。私たち多くの法務教官が、この1,312人の子たちに向き合っています。
// 少年院に来る子の特性
犯罪傾向が進んでいない、ドクターの治療もいらないって、どんな子か。
平成の初期と令和の初期の非行名の傾向が男子と女子とでちょっと違っています。
男子の場合
●窃盗…昔も今も一番多い
●傷害と暴行…平成の初期の頃は、暴走族同士の抗争で怪我をさせて入ってくるケースがほとんどでしたが、今、少年院に来る子たちは、
・4~5人の非行グループの中で、金を貸したのに返さないから殴った
・自分の彼女を勝手に遊びに連れて行かれて気に入らないから殴った
・自分の彼女に対するDV
などで来るケースが非常に多いです。
●詐欺…男子に特徴的。特殊詐欺の出し子や受け子で、一番末端で言われる通りにしてたら、突然警察に捕まったという子たち。平成の初期はほとんどいません。
女子の場合
●覚せい剤…男子に比べて女子は割合が圧倒的に多いです。男子少年には高価な覚せい剤を買うお金はないけれど、女子少年は、交際をしている成人男性がタダでどんどんくれて、薬をやめられなくなるというケースが非常に多いです。
●虞犯…例えば、「トー横」(新宿)や「グリ下」(大阪)のような場所にいて、特段悪いことはしないけど、そこでパパ活などを繰り返している子たちの中には少年院に来る子がいます。
帰住先については、平成の初期は両親がいる子が多いですが、令和初期はシングルマザーの家庭が多くなっており、今の日本社会の家族構成がそのまま少年院の子たちに現れてきています。そして、「元々両親がいない」「両親ともに刑務所に入っている」「両親が生活保護を受けていて帰れない」「家族が帰住を拒否している」など、帰るところのない子たちが非常に増えています。
平成の初期に比べると、発達上の課題を抱えている子が非常に増えています。「障害なし」の中にもグレーゾーンと呼ばれる子たちが非常に多くなっています。
少年たちは、何らかの加害行為をして少年院に来ることが多いですが、実は生育歴の中で虐待された経験がある子が非常に多いです。令和3年ですと男子4割、女子6割ぐらいが、実は誰かから虐待を受けていて、加害者であるけれど被害者でもある、両方の側面を持っている子たちが非常に増えています。
※スライドのデータは、法務総合研究所『犯罪白書』より。『令和5年版犯罪白書』はこちら。
// 「鎧」を纏った少年たち
少年院に入院した時の少年は、ものすごくガードが堅いです。大人への不信感、憎しみがあり、「がんばろうよ」と言っても、「所詮院長先生だって、裁判官と同じ側の人間ですよね。自分の気持ちなんかわかりませんよ」って言われました。
こういう状況のときに、よくいろんな人たちから「少年院は反省させなきゃいけないから、反省させてください」と言われます。
そう言われた時に皆さんにお話しするんですが、この紙(何も書いていない白い紙)が被害者だとします。(白い紙にペンでさっと線を書いて、)被害者に少年が傷を負わせました。その時の加害者の少年は、(別の白い紙をグジャグジャに丸めて、)この状況です。この状況の少年に、この線を見なさいと言っても見れっこないんです。私たちの仕事は、このグジャグジャな少年の心の傷を少しでも広げてあげる(丸まった紙を広げていく)、これが少年院の先生の仕事だと思っています。なかなか(紙が)広がらないんですけど、広がって初めて被害者のことも見えるようになってくると思います。
ある少年の書いた詩です。本人の抱えている生きづらさのことを「鎧」と表現しています。
// 「鎧」と感じさせないために
先生も少年たちも、自分で、自分の特性ってどこにあるんだろうっていうのを探りながら、「本人の話をしっかり聞く」「安全安心な環境の中で生活をする」など、本当に根気強く向き合って、その中で少しずつお互いに変化をしていきます。ある少年の作文では、「先生方は怒るんじゃなくて、”見つめ直せ”って言っていた」と。ずっと人から怒られてばっかりで生きてきた子ですけれども、この「”見つめ直せ”って何だろう」っていうところから、この子は変化をしていきました。いろんな人から見てもらって、感謝の気持ちが生まれてきて、「僕もやんなきゃ」って思い始める。こういう変化を、少年院の中では多くの子たちが遂げていきます。
少年院は塀で区切られた恐ろしい場所ではなく、「危害を加えられない、誰のことも恐れなくていい、安全で安心な場所だ」ということ、そして、「信じてもいい大人が世の中にはいるんだ」ということを、彼らに気づいてもらうことが大切な一歩であると考えています。
特に発達に課題のある少年たちは、少年院の中で様々な認知機能トレーニングなども行っています。やはり、ある程度トレーニングを積むことによって自分の世界が少しずつわかってくるのかなと思います。ただ、トレーニングは、できなかったことを少しでもできるようにするという、まさに「トレーニング」なんです。
今回、「芸術家と子どもたち」さんとの取り組みでは、「できなかったことをできるようになること」の他に、「自分で自分の可能性、自分ってこんな可能性があるんだっていうことに自分で気づいていくこと」、そういう試みをしたいなということで始めました。
// 「鎧」をつくっているのは誰?
少年院は、どの先生もみんなが自分のことを気にかけてくれる世界です。一方、社会に出たら、そんな世界はありえないですよね。でも、こういう体験をしないと少年院の子たちは、信用や信頼、大人と一緒に生活することの素晴らしさに気がつきません。「もう1回前を向いて生きていこう」という気持ちで出院をするんですけれど、社会では、応援してくれる人もいますが、きっとそうじゃない人の方が多いです。少年院を出た後、多くの子たちは、実はそのギャップに苦しみます。もう一度非行する子たちのほとんどは、このギャップの苦しみから、また非行してしまうというのが大きな課題だと思ってます。
非行少年を支援する機関は、たくさんあります。でも、完璧な機関なんて一つもないんです。絶対に非行少年たちはこぼれ落ちるんです。ただ、「自分たちは完璧な機関じゃなくて、こぼれ落ちるザルの機能しかないんだ」ということを、私も含め自戒をしながらやっていかなきゃいけないと思っています。
でも、ザルは、1個だといっぱい漏れていきますけれども、ザルは、重なれば、どんどんどんどん網目が埋まっていくんですね。もっともっと連携しなきゃいけない。そして、今、社会にいる皆さんが最後の大きな網目になってもらえれば、非行は少なくなると思っています。
「鎧」をつくっているのは、おそらく社会の側だろうと思います。少年たちだけの世界であれば、自由に楽しく生きていけますが、「鎧」をつくっているのは私たちだろうと思います。いろんな課題を抱えているいろんな人たちが、みんなが自分らしく生きていけるような、そんな社会になっていったらいいなと、その社会をつくる一員として、私も頑張っていきたいと思っております。
【講師プロフィール】 秋田県横手市生まれ。秋田大学教育学部卒。 |
山本さん、貴重なお話と資料の数々、本当にありがとうございました。
<中編>では、東日本少年矯正医療・教育センターの向井先生、北村先生による講演及び、ダンスカンパニー・セレノグラフィカのお二人によるミニ・ワークショップの様子をお届けします。