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コラムColumn

「分断」から「共生」へと導く社会づくり  ~アーティストによる子どもワークショップを通じて~ vol.1

「分断」から「共生」へと導く社会づくり 
~アーティストによる子どもワークショップを通じて~ vol.1

「芸術家と子どもたち」では、特別支援学級をはじめ、“障害のある”子どもたちとともに、たくさんのアーティストによるワークショップの場をつくってきました。
今、日本だけでなく世界中で、自分と異なる他者を「マイノリティ」としてとらえ、批判し、排除しようとする「分断」の動きがじわじわと広がってきています。しかし、私たちは、こうした「マイノリティ」といわれる人々の考え方や行動にふれ、多様な価値観を認め合うことこそが、新しい表現やコミュニケーションを生むきっかけとなり、これからの社会をつくる上で、重要なヒントを与えてくれるのではないかと考えています。

これまでも活動を共にしてきた「障害のある子どもたち」、そしてこれから活動を共にしていきたい「少年院等の矯正教育の場にいる子どもたち」私たちは特別支援教育と矯正教育という2つの場を取り上げ、アーティスト・ワークショップが担う役割を考えようと、2020年5月に2回のセミナーを企画しました。このセミナーは、新型コロナウィルス感染拡大のため、残念ながら中止となってしまいましたが、このたび、非公開で講演と座談会を実施。それぞれの現場で先駆的に活動されている方の生の声をお聴きすることができました。

これから4回にわたって、その内容をコラムの形でご紹介します。

今回お届けするコラムvol.1(前編)は、7月24日に開催した、「“障害のある”子どもたちに向けたアーティスト・ワークショップの実践から見えてきた、その有効性と今後の可能性」をテーマとする講演と座談会のうち、当NPOのコーディネートでワークショップを実施した経験を持つ石神井特別支援学校教員の海老沢穣さんによる講演の様子です。

【助成】公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
【共催】公益財団法人としま未来文化財団(あうるすぽっと)


“障害のある”子どもたちに向けたアーティスト・ワークショップの実践から見えてきた、その有効性と今後の可能性(前編)

~講演と座談会概要~
●実施場所:あうるすぽっと (東京都豊島区) 会議室B
●登壇者:
海老沢穣 [東京都立石神井特別支援学校教諭]
新井英夫 [体奏家・ダンスアーティスト]
おおみや しのぶぅ[マチアルキニスト]・裕紀さん[高校生]親子
●実施日時:2020年7月24日(金・祝)13:30〜16:00
●構成:1.講演「特別支援学校でのアーティスト・ワークショップの実践」
      2.座談会「“障害のある”子どもたちに向けたアーティスト・ワークショップの実践から見えてきた、その有効性と今後の可能性」

芸術家と子どもたちでは、今まで、いろいろな形で、障害のある子どもたちと芸術家の出会いの場をつくってきました。2003年頃から少しずつ始め、本格的には2008年から活動し、小~中学校の特別支援学級、特別支援学校等へダンス・音楽・演劇・美術等の分野の様々なアーティストを連れて行くようになりました。昨年度までで、小学校256校、中学校47校、特別支援学校13校、合計316校で5,000人程の児童・生徒を対象にアーティストのワークショップを実施しています。
※この取り組みについてまとめた冊子「障害のある子どもたちによる創造的体験」がこちらからご覧いただけます


「特別支援学校でのアーティスト・ワークショップの実践」 


【講師】 海老沢 穣/東京都立石神井特別支援学校指導教諭

知的障がいのある子どもたちが通う特別支援学校で、アーティストとのコラボレーションやICTを積極的に取り入れ、子どもたちの創造性・表現の力を引き出す授業実践に取り組んでいる。2015年にパフォーマンスキッズ・トーキョー、2016年にASIASによりアーティストを招聘。ほかにダンサーや劇団とコラボレーションした授業も手がけている。東京都教育委員会令和元年度職員表彰受賞。NHK for School「ストレッチマン・ゴールド」番組委員。クリエイティブな教育を目指す研究会「SOZO.Ed」代表。Apple社公認の教育分野のイノベーターであるApple Distinguished Educator に2017年認定された。

 

 

// 初めてのアーティストによる授業のインパクト

私がいる東京都立石神井特別支援学校は、小・中の知的障害のある子どもたちの学校で、学区域が3つの区と市にまたがっています。小・中あわせて197名の子どもたちが在籍しています。iPadが導入されて6年ぐらいで、これを表現のツールとしてどんなふうに子どもたちがアウトプットして、可能性を広げられるか、という視点で、これまでさまざまな取り組みを行ってきました。

一番最初にアーティストと一緒に行った授業は、東京都現代美術館の「アーティストの1日学校訪問」というものでした。きっかけは、たまたま学校にお知らせが来て、ちょうど、美術を担当していたので、何かアーティストさんと授業をやってみたいと思って、申し込んでみたんです。この時のアーティストは、石田尚志さんという映像作家の方でした。実現した授業が、「キネカリグラフィー」というもので、すごく面白かったんです。16mmフィルムにマジックとかで直接、絵を描くんですね。それを巻き取ったものを映写機で最後に上映してくれるという授業でした。

この時の子どもたちの勢いがものすごくて、アーティストの石田さんも圧倒されていたんですけど、本当に思い思いにいろんな形を描く子もいれば、字をその中に描き込む子もいました。描いた後、鑑賞の時間があって、すごく抽象的な面白い映像が流れたんです。その時、子どもたちが、ワーっと前につられるように出てきたんです。僕、その時に、「あぁ、出てきちゃう。ちょっとな…」って思ったんですが、石田さんが「いいよ、どんどん前に来て踊ってごらん」と言ったら、子どもたちがどんどんワラワラ前に出てきて、影で表現したり、思い思いにいろんな表現をしだしたんです。

この時、「映像の授業って、あぁ、こういうことが出来るんだな」っていうのを感じた瞬間でした。「映像をつくる」ということもそうだし、「映像の中で表現する」というのも、美術の授業になるんだなぁということを感じたんです。この時はまだiPadは入っていなかったんですけど、後に、iPadが入ってきた時に、映像の授業をやりたいと思って、コマ撮りアニメをつくるというのをやりました。iPadだとすごく簡単に出来るんですよね。映像をつくるのもやったし、映像の中でいろいろ表現するのも面白いなと思って、そんな授業をやりました。これは、ICTに限らないことなんですけど、子どもたちの内面の世界とか表現ってすごく面白くて、もっともっとそういうのをアウトプットするようなことをしたいと思って取り組みをしてきました。
「物語をつくる」というのもやったんですけど、iPadで写真を撮って、文字を入れて書き出すっていう形にすると、とっても面白いアウトプットができるので、そんな表現のツールとしてどうiPadを使うかというのが、僕の中のテーマで、いろんなアプローチ、テクノロジーの可能性をいろいろ広げられるかなと思って、取り組みをしてきました。


キネカリグラフィの様子

 

// 「芸術家と子どもたち」の事業に参加

石神井特別支援学校ではアーティストを招く授業としては大きく分けると3つ取り組んでいます。
一つは、芸術家と子どもたちのPKT(パフォーマンスキッズ・トーキョー)とASIAS(エイジアス)、二つ目は、ダンサーのストウミキコさんとの取り組み、三つ目は、劇団朋友さんとの取り組み、この3つについてご紹介をしたいと思います。

2015年度パフォーマンスキッズ・トーキョー


※ 芸術家と子どもたちでは2015年度に「パフォーマンスキッズ・トーキョー」で向雲太郎さん(舞踏家)と中学1年生20人の子どもたちと一緒に10日間のワークショップを実施しました。

その後2016年には「ASIAS(エイジアス)」で砂連尾理さん(振付家)と中学2年生20人の子どもたちと一緒に10日間のワークショップを実施しています。

向雲太郎さん

「パフォーマンスキッズ・トーキョー」に応募して、舞踏家の向雲太郎さんが来ました。
舞踏家の方が来て、どんなことをやるんだろうと、ちょっとおっかなびっくりなところもありました。雲太郎さんも特別支援学校が初めてということで、最初は緊張されていたのかなって思います。でも、雲太郎さんはすごく子どもに寄り添って、子ども目線で、ずっとワークを組み立ててくださって、周りの教員もすごく学びになりました。

これまでこちらから何かをやらせようとして表現させていることが多かったのですが、子どもたちの一つ一つの動きもそうだし、静かに佇んでいるだけでも表現なんだなぁと。いろんな子どもたちの存在自体というか、動きとか佇まい自体が表現になっている、ということを雲太郎さんとの経験を通じて感じました。

実際にワークをやった後に、最後に学習発表会という舞台があって、そこで舞台発表をする形だったんですけど、雲太郎さんがその時「子どもたちだけで舞台に出ましょう」と提案されたんです。特別支援学校の発表会って、だいたい、教員が陰にいるか、何らかのサポートをして、何とか工夫して、子どもたちがある活動に取り組むような舞台が私たちには当たり前だったんです。だから「子どもたちだけで舞台に出て大丈夫なのか」という不安も教員の中にあったし、「それで成立するのかな」とか、いろんなことを考えていました。でも最後は、雲太郎さんと子どもたちだけで舞台に出たんです。そこに、子どもたちの描いた映像を組み合わせたりして、最後の舞台をしたんです。これが、画期的というか、印象深い取り組みでした。

雲太郎さんがおっしゃっていたことですごく印象的だったのは、「師匠は子どもたちで、僕は師匠の手のひらの上でずっと転がされているだけです」とおっしゃっていたこと。本当に、子どもたちとアーティストさんって、僕ら、教員なんかは飛び越えて、どんどんつながっちゃうんだなと感じた瞬間でした。

この時の印象がすごく鮮烈だったので、次の年も是非やらせてくださいという形で、すごくラブコールをして。次の年はASIASの授業で振付家の砂連尾理さんにいらしていただきました。中1だった子どもたちが中2に持ち上がって、またアーティストとコラボレーションができたんです。この時は、ダンサーさんとミュージシャンの方を連れていらしていただいて。子どもたちも慣れてきていた感じがありましたね。いろんな表現を自分のアイデアでどんどんどんどん広げていくような形で、取り組みができたかなと思います。この時は、「名前」をテーマにして、名前をどう表現するかという形で舞台を組んでくださいました。

特別支援教育の目標は自立と社会参加と言われているんですけど、僕らは言語の世界に住んでいて、その言語の世界に何とか適応させようというか、そのための支援をどうするかという文脈でいろいろ話されることが多い気がしています。しかし、非言語の世界、ワークショップでのコミュニケーションとか、表現というのが実はすごく大切で、そこを僕らは、見落としていたなぁということを、アーティストとのコラボレーションを通じて考えさせられることがすごく多かったです。

// 現在もアーティストとの取り組みは続いています

ちょうど芸術家と子どもたちとの取り組みの前後、NPO法人CANVASのワークショップに参加したのがきっかけで、ダンサーのストウミキコさんにオリンピック・パラリンピック教育の一環で来ていただくことができました。
ストウさんの舞台は、廊下をステージにして、デュオで表現していく舞台なんですけど、こちらが見落としがちな子どもたちのいろんな表現をすごく引き立ててくれる舞台をやってくださって。それから毎年ストウさんに来ていただいて、ずっと続いています。

もう一つは、いろんな身体的表現、演劇的な手法を取り入れて、学びを深めていく形の「ドラマ教育」という分野があって、僕が個人的に興味があって『劇団朋友』というところが、毎年夏にやっているワークショップに参加しました。例えば、物語の場面を一つ切り取って、そこをチームで考えて表現してみましょうというような形のワークがいろいろあって、周りの人たちがどんな場面かを当てるとか、人を変えてやってみたりとか、そんなような形のワークです。
この劇団朋友さんの稽古場に一回、校外学習で子どもたちを連れて行ったんです。目の前で芝居をしていただいたりワークショップをしたりしました。その後、文化庁の支援を受けて実現したのが、『劇団朋友』によるコミュニケーションワークショップです。子どもたちの様子を見ながら、試行錯誤で取り組んで、今年で3年間取り組みが続いています。

ストウミキコさんと劇団朋友さんは、毎年中学部に来ていただいて、教員も、外部からアーティストさんが来るのに慣れて、毎年毎年継続してできています。

 

// これからの時代の学びへ~アーティストとの協働、テクノロジー活用の可能性~

これからは「VUCAの時代」と言われているんですよね。(※VUCA:Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字)曖昧だし、複雑だし、不確実だし、変動するし。これから、そういう時代になっていくと言われていて、教育の文脈でいうと、学習指導要領にも、これから予測困難な時代だ、そこでの学びを考えていかなければいけない、とはっきり書いてあるんです。

先が読めなくなってきたというのもあるし、逆に言うと、今までは、誰かから指示されて、正解があって、それに沿って生きていけば良いという時代がある程度あったと思うんですけど、それがどんどんどんどん取っ払われていって。決められた事を正確にやれる力よりも、アイデアを出したりだとか、クリエイティビティっていうのがすごく大事になってくる時代だと思うんですね。このあたりって、実は学びの中で大事な要素で、正解のある問いに、(知識を)とにかく覚えて、その答えを導き出せば良かった時代から、何が正解かも分からない時代にどんどん入っていっているんだろうなと思います。

今までは、一律というか、人と合わせることが大事と言われていたんですけど、その事よりも「好き」を究めていって、その先に何かを発信できるとか、イノベーションが起きるっていうような、「好き」を究めたり、強みを活かしたりという学びが、すごく大事になってくると思うんですね。
そう考えた時に、アーティストとのコラボレーションというのも、いろんなアプローチを経て、子どもたちなりの表現とか、自分なりに好きなこととか、自分なりに学んでいきたいことを見つける一つのきっかけになるのかなぁと思っています。

それは、おそらく、言語だけでなくて、非言語も含めて、いろんなアプローチでアイデアを出していくことがとっても大事になっていて、それがいろんなブレイクスルーを生むとか、今までの社会を変えるきっかけになる、ということが起きてくるのかなぁと思います。
僕の取り組んでいるテクノロジーも、その文脈で考えていくと、表現をもっとアウトプットするツールとしてどんどん活用するというのが、とっても大事なのかなと思っています。

学びもおそらくこれからすごく変わっていって、一斉授業が多分なくなっていく。同じ知識を同じ年齢集団で一律にやるっていうことはあまり意味がないだろうという形におそらくどんどんなっていくので。そうなった時に、結構、学びとして大事になってくるのはチームでプロジェクトをするような学びですね。「プロジェクトベースドラーニング」といったりするんですけど。これがどんどん教育の分野に入ってきていて、そんな学びがすごく大事になっていって。例えば、今の社会の中でのいろんな困り事みたいなものをどうやったら解決できるだろうとみんなでアイデアを出していこうというような学びです。そういった文脈で考えていくと、多様性ってすごく大事で、多分、同じ年齢で同じような子どもたちだけが集まっても、なかなかアイデアが出ないけど、障害もそうだし、いろんなダイバーシティの中で、チームを組んで学びをつくっていったほうが、多分どんどんアイデアが出てくるのかなぁって思います。

その文脈の中に、SDGs(※Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)もあるのかなって思うんですね。SDGsって、環境問題がすごくクローズアップされがちなんですけど、17個目標があるうちの9個は、9個だから過半数ですね、「才能と情熱を解き放つ」ということなんです、実は。これは安宅和人さんの著書『シン・ニホン』に書いてあって、僕は、すごく共感したんです。例えば、ジェンダーにしても、貧困にしても、障害もそうですし、今まで、潜在的に可能性はあるけれども、可能性が発揮できていないっていう、そういう層がまだいっぱい世の中にはあって、そこを解き放つのがとっても大事なんだということですかね。そう考えると、学びも変わっていくかなぁということを考えています。

最後に、じゃあ、そういった学びの最終的なビジョンって何なんだっていうと、「ウェルビーイング」なんじゃないかなって思うんですね。個人もそうだし、コミュニティもそうだし、地域もそうだし、世界もそうだし、みんなが幸せになるためのことって、どうやったら実現できるんだろう、そのためにアイデアを出していくとか、そのために表現していくという学びがとっても大事になるのかなと思っています。
そういう文脈で、アーティストさんとのコラボレーションとか、テクノロジーの活用というのは、いろいろな表現を活かすとか、子どもたちの創造性を活かすという意味でも、とっても大事にできると良いのかなと思っています。

 


たくさんのアーティストとの協働のご経験と、長年ICTを活用した表現教育の可能性を追求されてきた海老沢さんのお話から、私たちも多くを学ばせて頂きました。
Vol.2 座談会【後編】では、アーティストの新井英夫さん、おおみや しのぶぅさんにも加わっていただき、“障害のある”子どもたちの学びについて、さまざまな角度からお話いただきます。

編集:NPO法人芸術家と子どもたち
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