「分断」から「共生」へと導く社会づくり ~アーティストによる子どもワークショップを通じて~ vol.2
「分断」から「共生」へと導く社会づくり
~アーティストによる子どもワークショップを通じて~ vol.2
「分断」から「共生」へと導く社会づくりをテーマにした4回シリーズのコラムの2回目。前回のコラムでは、『“障害のある”子どもたちに向けたアーティスト・ワークショップの実践から見えてきた、その有効性と今後の可能性(前編)』として海老沢さんによる講演の様子をお届けしました。今回のコラムでは、講演に続いて行われた座談会の内容をご紹介します。(2020年7月24日(金・祝)東京・豊島区あうるすぽっとにて開催)
>>座談会の概要、海老沢さんによる講演の様子を記載したvol.1の記事はこちらから
【助成】公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
【共催】公益財団法人としま未来文化財団(あうるすぽっと)
“障害のある”子どもたちに向けたアーティスト・ワークショップの実践から見えてきた、その有効性と今後の可能性 (後編)
“芸術家と子どもたち”では、小・中学校の特別支援学級、特別支援学校など、いろいろな場で障害のある子どもたちとアーティストの出会いの場づくりを行っています。
座談会では石神井特別支援学校教員の海老沢さん、アーティストの新井英夫さん、おおみや しのぶぅさんの3名でお話しいただきました。おおみやさんは、ご子息の裕紀さんを育てながら、マチアルキ活動を中心にWSや展示等ご活躍されています。裕紀さんは、保育園~小学校低学年までは公立小学校の通常級に在籍。現在は、特別支援学校に通う高校生です。
~登壇者プロフィール~
●海老沢 穣(東京都立石神井特別支援学校指導教諭)
知的障がいのある子どもたちが通う特別支援学校で、アーティストとのコラボレーションやICTを積極的に取り入れ、子どもたちの創造性・表現の力を引き出す授業実践に取り組んでいる。2015年にパフォーマンスキッズ・トーキョー、2016年にASIASによりアーティストを招聘。ほかにダンサーや劇団とコラボレーションした授業も手がけている。東京都教育委員会令和元年度職員表彰受賞。NHK for School「ストレッチマン・ゴールド」番組委員。クリエイティブな教育を目指す研究会「SOZO.Ed」代表。Apple社公認の教育分野のイノベーターであるApple Distinguished Educator に2017年認定された。
●新井 英夫(体奏家、ダンスアーティスト)
自然に沿い力を抜く身体メソッド「野口体操」を創始者野口三千三氏より学び深い影響を受ける。投げ銭方式の市街地野外劇などアートでヒトとマチとの関係を紡ぐユニークな劇団活動を主宰、のち独学でダンスへ。現在まで国内外での舞台公演活動多数。舞台活動との両輪として、教育・福祉・社会包摂等に関わる現場で、乳幼児から高齢者まで幅広い対象に向けた身体表現&非言語コミュニケーションのワークショップ「ほぐす・つながる・つくる」をバリアフリーに日本各地で展開している。国立音楽大学・立教大学非常勤講師。
●おおみや しのぶぅ(マチアルキニスト)・裕紀さん(高校生)親子
自称マチアルキニスト(まちひとことをひとつの大風呂敷に拡げ結ぶ)。1993年世田谷美術館「建築學意匠入門」の参加者同士でサポーターグループ「東京大風呂敷意匠學舎」を1995年結成。同企画のマチアルキサポートから、企画提案、実施。また様々な街でのマチアルキ活動を中心にWS+展示等に参加、及び企画。現在は肢体不自由な息子と「たいへんだけど愉しい暮らしをめざす」日々徒然。Action:マチアルキテクト、東京大風呂敷意匠學舎、メルマガ「大風呂敷通信」、荒木町発見する会、芝浦・協働会館を活かす会、四谷第四小学校ジオラマ探検隊、三軒茶屋PEN倶楽部、abc歩兎庵こなべな会、ガード下学会、他
●進行:堤 康彦(特定非営利活動法人芸術家と子どもたち 代表)
座談会“障害のある”子どもたちに向けたアーティスト・ワークショップの実践から見えてきた、その有効性と今後の可能性
障害のある子と障害のない子が共に学ぶ仕組み「インクルーシブ教育」と言われる考え方があります。海外では、「フルインクルージョン」といって、障害があろうがなかろうが、一つの教室で学ぼうという教育をしているところもありますが、日本の場合は、「多様な学びの場」つまり、通常の学級、通級教室による指導、特別支援学級、特別支援学校を選択できるような形が設けられています。現実的には、さまざまな障害のある子どもたちが、通常の学級で学んでいくことが、学習環境的にいろいろな要因で難しいため、交流及び共同学習のような制度があるわけです。“芸術家と子どもたち”では「インクルーシブ教育」の実践として、アーティストの新井英夫さんと、特別支援学級と通常学級の交流ワークショップを実施しました。新井さんには、そのご経験からまずはお話いただきました。
// アーティストによる交流(インクルーシブ)ワークショップの取り組みから
新井英夫さん(以下、新井):2014年度から、ある公立小学校の特別支援学級に何度か僕がワークショップに行かせていただいたことがあって、その2回目の年(2016年度)に、通常級と交流ワークショップをやりました。普段の授業でも交流はされているようなんですが、科目によっては(通常級の子と特別支援学級の子に)すごく差が出てしまって、「サポートする・される」みたいな関係だけになりがちだと聞きました。「○○君、大変だから手伝ってあげようね」という知り合い方、出会い方とは少し違う関係性をつくれないかという取り組みでした。その時は、(特別支援学級の子が)僕のワークショップに、もう何回も参加して慣れてきていたので、表現する力や他者と関わる力が豊かになっていたんですよね。 だから、彼らが僕と一緒に、「新井一座」みたいな感じで、通常級の子たちのところに「パフォーマンスの先生たち」になって行った。あえて、先入観が少ないだろう2 年生ぐらいの子たちとやったんですけど、お互いにとって面白い体験ができたかなという気がします。
こういう学校教育とはちょっと違うフレームで出会う機会が、(アーティストが)やれることとしては、良いのかなと僕は思います。「できる・できない」じゃなくて、「ユニークな見方を持っている、面白い感性を持っている」という出会い方を子どもの時からしていくと、大人になってからの社会形成にもその価値観が繋がっていくのではないかと。
おおみや しのぶぅさん(以下、おおみや):子どもたちは、この子(裕紀さん)が表現している事が何なのかわからない、と思った瞬間に、「自分たちとは違う人」と距離を置いてしまう。(裕紀さんの)「副籍交流(※)」の時間に、新井さんにサポーターをお願いしたことがあったのですが、間にうまくサポーターの大人が入ることによってコミュニケーションがとれると、子どもたちはスーっと入ってくるんです。つないでくれるアダプター役がいるだけで、学校や地域で暮らしていくということの日常感が全然違うんじゃないかな。
「副籍交流」といっても、お手紙だけで交流するとか、公立中学校のほうのスケジュールに合わせて伺ってお客さん的に交流するだけという状況で、私としては、今のシステムは、学校の大変さもわかるけど、もうちょっと何とかならないかなぁと思ったりもします。
※副籍交流:都立特別支援学校の小・中学部に在籍する児童・生徒が、居住する地域の区市町村立小・中学校(地域指定校)に副次的な籍(副籍)をもち、直接的な交流や間接的な交流を通じて、居住する地域とのつながりの維持・継続を図る制度(東京都教育委員会ホームページより抜粋)
// アーティストのもたらすもの~価値観のずらし~
堤:学校という一つの社会で、マジョリティの、健常の側のやりやすい所へはめられていくみたいな感じっていうのがあり、制度自体が、通常の学級は35人とか40人を一人の担任が見るという中で、じゃあ、障害のある子が入ってきたら具体的にどうするのかという解決策がなくて。結局、排除しているのと同じなのではないかという気もしないではないですが、、、
新井:岐阜県の可児市でも年間を通じて継続的に学校でのワークショップ(主催:可児市教育委員会、企画実施:可児市文化創造センターalaアーラ(※))をやらせてもらっているんです。この地域は、ブラジル系を中心に移民の方が多くて、 クラスがすごい面白いんですよ。いわゆる同調圧力によるマジョリティが形成されにくいんです。先生が「休み時間まで水飲んじゃだめです!」って言っても、ブラジル系の子は身体感覚に素直なので、みんな、ピューッとワークショップの最初に水飲みに行っちゃうし、トイレ行っちゃうし。先生も頭ごなしにしないで、文化の違いだからできないとわかっていて。それ、ある意味、良いなあと思ったんですよね。別にそれが、先生に対する反抗とか、クラスを乱すということではなくて、自分の感じで、そうだから、そうするっていう。上から基準やルールが決められるのではなく、個々の感覚の違いがまず尊重されて、それから柔らかい集団が形成されていく方向が良いなぁと。
例えば、僕のワークショップはダンス系で、あまり言葉を使わないでやれたので、言葉の壁による差があまりない。むしろ、身体感覚や文化の違いが多様性として活きて、奇想天外でユニークな表現が生まれることが多い。一つの正解に向かうような学習の評価・成果だけじゃない評価軸があるっていう体験と、マジョリティでひとかたまりにならないというようなズラし。日本の社会は必ずしもそうではないかもしれないけれど、ワークショップの時間は、中心軸がちょっとズレたり、ユレたりするっていうことが起きる。積極的にアーティストが学校に行って、そういう体験の機会を持ち込むっていうのも大きな意味がある気はしますね。
アートっていうのは、ものの見方や、「美ってなんだろう」とか、「面白いってなんだろう」ということを揺さぶりかけられるものなので、障害と健常の問題を考える時に、「当たり前ってなんだろう」っていう、そこから考えてみる視点を持てるという面で、障がいのある子どもたちとアーティストの協働は相性が良いのかなって感じます。
※「可児市文化創造センターalaアーラ」について:https://www.kpac.or.jp/ala/
// アーティストのもたらすもの~非言語表現をつなぐ役割~
おおみや:例えば、うちの子よりももっと体を動かせない子は、線一本描くだけでも、命かけるように真剣に描いているんですよ。それは、もしかしたら、その子にとっては、花を描きましょうって言われたことに反応した、一本の線かもしれない。何か投げかけた時に、本当に微妙にちょっとだけでも動いたら、きっとその子なりに、そこを動かすための神経って想像を絶するぐらい一生懸命なんですよ。それをみんなが一度知る機会っていうのがすごく大事なんじゃないかな。そういう表現を拾って、通訳する役目が、実はアーティストさんたちの、素敵な社会化活動かなって思っています。
例えば目で文字を打てるとか、そういうテクノロジーは出てきたけれど、文字化しないと一般の人はどうも理解しない。でも、アーティストさんたちが関わることで、例えば、線、点を置くだけでも、この子にとっては、何かを感じて動いたアクションだということを、まわりがスーッと納得できることっていっぱいあると思うんです。
しょうぶ学園さんのように、いろんな布だけのものを、フレーミングできれいな商品として売り出したり、ガチャガチャやっていたものを、あるフレームでオーケストラにしてしまう。ああいうことがあると、わかる人は、自分も同じだと、シンパシー、共感ができる。「自分が感じるのと近いかもしれない」とか、「この人はたまたま、こういうことで自分を表現しているんだ」という通訳が成り立った時に、違和感なく、社会の中でみんなが居られるんじゃないかなと思うんです。
// 障害のある子どもたちの表現
新井:(ゴムひもで遊んでいるスタッフと裕紀さんを見て)これは、このまま舞台が成り立つんじゃないかってね。小さな動きのやりとりなんだけど、いつ(裕紀さんがゴムを)手放すかっていうコントみたいな絶妙のコミュニケーションかつ表現になってます! お互いを感じ合って、すごく良いリアクションしてますよね。
僕自身、ダンスでいうと、振付のあるダンスを考えてみんなに覚えてもらって踊るっていうのはあんまり好きじゃないんです。自分に向いているやり方じゃない。即興的に、言葉じゃなくて、向かい合って、お互いに動きで会話をするということで、身体表現をつくっていくというのが好きなんです。
特別支援学級の子とやっていると、その子によって、感覚が、いろいろ得意なところが、いい意味で偏りがある。もしくは、好き嫌いがすごくはっきりしていて、やりたくないことは絶対にやらないとか。そうすると、本当にそこにジャストミートして、身体と心がいっぺんに動いた時にしか反応がこない。他の子だったら、「外から大人が来たからちょっと動いてやるか」っていってやるんだけど、忖度してくれないので、そこでは自分も試されるし、その時に成立したことって、「あ、本当のことってこういう事なんだな」って、こっちもよく分かるんですよね。
(石神井特別支援学校で)向雲太郎さんがワークショップをやった時に、「立っているだけでもダンスだ」とおっしゃってたけど、肢体不自由な子が、本当にこっちに来たいから、面白そうだから、僕を掴みたくて歩いてくる時の歩き方って、その時の一歩一歩って表現だと思うんですよ。ダンスって、くるくる早く回れるとか、高く飛べるとか、大きく動けるとかじゃなくて、心と身体がまるごと一つで、ウワッとその時に正直に動くもの。向さんの言ったことって、すごく共感するんですよね。同じ表現者として。あぁ、そういう瞬間あるなって。
いつも思うのが、そういう瞬間を僕だけが味わっていて、もったいないなと。できればいろんな大人の人たちが、別にアーティストじゃなくても、一緒に、障害を持っている子どもさんと、いわゆる「サポートする・される」じゃなくて出会うような場ができてくるといいのにな。そういう時に、「障害を持っている人」じゃなくて、「○○君」と固有名で呼べる人と人との関係ができると思うんですよ。
// 学校卒業~就労へ
堤:学校を卒業して社会に出ていく時に、その接続というか、社会に出てもずっと学んでいくことと、他方、具体的に就労の問題などについて、お話をお伺いしたいと思います。
おおみや:先生も一生懸命、子どもたちと、この子がどんなセンスを持っていて、どんなふうに伸びるのかなっていうのは、日々工夫されていると思うんですけど。社会に出た後の、その子の生活なり、社会の存在として認められる、「何かを持っている子」というふうになっていかないと難しいかなぁ…特に肢体不自由の子は、施設によっては自分の機能訓練も含めて、引き継がれず、立ち行かなくなってしまう。(裕紀さんの通っている)学校の場合は、就業技術科のお子さんと肢体不自由教育部門の2つがあって、知的の子は就業訓練の一つとしてお掃除を一生懸命しているんです。お掃除だって大事な能力ではあるんですけど、就業の選択肢が少ないような気がします。集中してやれる能力をちゃんとマッチングしてあげれば、活きるところ、活かせるところが他にもいっぱいあるのに、昭和に築いた選択肢のまま、生徒も先生も組織も、変わっていないって思うことがあるんです。
海老沢穣さん(以下、海老沢):特別支援学校も教育を通して、何とかして自立につなげたいという思いもあって、例えば作業的なことをやっていれば、そのまま就職につながるだろうと。卒業後工場で働くスキルを身につけるために作業学習をするというスタイルは、先人が切り開いてきた授業デザインでした。でもそれは一昔前のものになっていて、時代は変わっているんだけど、その考え方がずっと変わらないまま。
これからの社会は、東京に一極集中しているところも変わっていくだろうし、今、日本の基幹産業になっている産業も、この先変化する可能性もある。機械化も進み、仕事自体も作業にあまり人が必要なくなっていく感じもあるので本当に変わり目なんだろうなぁと思います。
その狭間に特別支援学校もある。多分、特別支援だけじゃなくて、通常の学校もそうだと思うんですけど、何のためにやるのか、というところが抜け落ちていて、とにかくこの課題をやらせなきゃというところで回っていることがいっぱいある。なかなか変わりきれていない。
おおみや:例えば肢体不自由の子たちが、何か個性を見つけるっていうことは、(障害のない)普通の子たちにも求められていて、結局、取り巻く問題は障害のある子もない子もそんなに変わらないんじゃないかなって、つくづく思うことがある。肢体不自由の子たちは、身体的な不自由さで個性が顕著にわかりやすいだけなんですよ。
それから「障害者」という単語を何とかしてほしい。「まわりの環境に障害があるから困難な子たち」っていうような視点に持っていかない限りは、この人たちのインクルージョンはできないと思っています。設備などのバリアフリーは、障害者だけでなく、いろんな人にやさしいですよねって、やっと広まってきたので、こういう子たちも、ちょっと特殊というか、顕著な個性があるんですよ、というような表現に変えていかないと。私は、自分は身体的な不自由さはないけれど、一緒に行動することで、私も様々な障害を受ける立場になっていて。階段があるからこの先に行けないとか、この子を見てくれる人がいないから、土日や夕方のいろんな会合には出られないとか。そういう障害が、実は身近にある。身体のことだけじゃなくて、いろんなことがあるから、当事者だけが障害者というのは、そろそろやめてほしいなって。
そういうことをフラットにする表現として、アートとかデザインがあると思っています。新井さんからよく聞く「カプカプ」さんみたいに、デザインやアートの力も取り込みながら地域に開いた場所を、どう社会がつくっていくかで、自分たち自身の生きやすさとか居心地の良さが変わっていくのではないでしょうか。
// 社会の中での居心地のいい場所~「カプカプ」の事例から~
新井: 「カプカプ(※)」は、横浜旭区にある、できてから50 年になる団地(集合住宅)の中の商店街に作業所(生活介護事業所)としてあって、カフェ もやっています。そこで「カプカプ」の非常に個性豊かなメンバーさんが働いていて。私は足掛け9年くらい隔月の身体表現ワークショップをしています。所長の鈴木励滋さんを筆頭に「障害福祉から世界を変える」ようなを活動をされてるんですよね。働くという考え方を根本から変えて、カフェだったら「接客をできるように訓練してやってもらう」じゃなくて、その人が好む動きや語りを「接客ですけど」と開き直っちゃうっていう。私のワークショップの方向性とも重なり、深く共感しています。
例えば、中にはすごいこだわりの強い黒瀧さんというメンバーさんがいて、必ず初対面の人に、「あなたは左利きですか?」と聞くんです。左利きの人の話を聞きたいんですよ、その人は。他の施設にいる時は「左利きですか?」って言うことを禁じられていたんで、爆発しちゃったらしいんです。でも「カプカプ」では、「左利きですか?」って聞いてもいいよって言って。「左利きですか?」って聞いた後に、お客さんの住所や趣味をずっとインタビューしながらその人の似顔絵を描くっていうのを彼の仕事にしちゃったんです。私ももちろん描いてもらいました。コレすごく楽しい!あと、重度の障害があって言葉もあんまり発しない人なんですけど、その星子さんというメンバーさんの仕事は、カフェで寝ていること。カフェでいつもの場所でゴロンと寝てるんです。お年寄りの常連の方が来て、「せいちゃん元気?」って聞くと、寝転がったままで応答する。「いいじゃん、そこに居ることが星子さんの接客で」って言ってしまうと、仕事として成立する。矯正するのでなく、あるがままを面白がって新しい仕事や価値を創出しているんです。
働くっていうこと自体をズラすユルがす場所をつくって、地域に腰を据えて20何年も「カプカプ」をやっていると、ファンも付いてくる。この団地の住民は高齢化していて多くのお年寄りの方の大切な居場所にもなっています。ずっと変わらない団地の人間関係じゃなくて、カフェに来た時だけの人間関係を楽しめるっていうふうにもなっていて。「たいへんな障害者さんの施設」があるから慈善の気持ちで支えるというのではなく、面白い、居心地がいい、ちょっとオシャレ、ケーキがおいしい、コミュニケーションが楽しめる…というような、感覚に訴えるような魅力的なマゼコゼの場所をどう社会の中にデザインするか?っていう方向にこそ、可能性があるんじゃないかなっていう気がしています。
※「カプカプひかりが丘」について:
Facebook:https://www.facebook.com/kapuhikari/
記事「鈴木励滋 オルタナティヴな劇場としての喫茶カプカプ」:http://www.bonus.dance/interviews/07/
堤:石神井特別支援学校では、タブレットを使ったり、クレイアニメ的なものを授業でやったりしていますよね。そういうのが得意な子の将来の夢とか、学校を卒業した後も続けていこうというお子さんはいますか?
海老沢:夢のある子はいますね。そういうアイデアをクラウドにログとしてどんどんためていけたらいいなぁと思っています。卒業した後も、学びのアウトプットをクラウドにあげていって、その子の集大成みたいになっていったら良いのにと。
それは、本当は特別支援とか関係ないかもしれない。みんな、それぞれのアイデアをアウトプットしていって、どんどん自分のクラウドにためていくっていうのができると、そこからすごいブレイクスルーが生まれるようにならないかな。そういうクラウドプラットフォームが、学校出て終わりじゃなくて、ずっと学び続けて、好きなことを追求していくようなことができないかなって話を、今、仲間たちとしているんです。
新井さんの「カプカプ」のお話で思ったんですけど、特別支援学校の思いとしては、企業就労を目指して、就職することがゴールというか、一つの成果みたいな感じがあるんですが、実際は、そこで人間関係のトラブルで辞めちゃう子が多いんです。どういうところが一番ネックかっていうと、休憩時間なんだそうです。休憩時間って、健常と言われる人たちって、雑談したりすることがよしとされるけれども、一人で飛び跳ねてたり、そういうことって受け入れられない。そういうところに違和感があって、うまくいかなくなっちゃう子が多い。
ある特例子会社は、障害のある人だけが集まっているというのもあるんですが、休憩時間に何をしていても全然よくて。ピョンピョンしていても、何していようが、誰も咎める人がいなくて、時間になったら、みんな仕事を始めるっていう感じ。休憩だから何をしてもいいはずなのに、ちゃんとコミュニケーションとらなければダメとか、社会の側がそう思っていると、ダイバーシティとか言われていても、それを認めない空気があって、そこで違和感をもって、なかなかうまくいかないっていう人たちがいるんだなぁって思います。
おおみや:私が今働いているところには、様々なことで閉じこもっていた方とかが社会に出るための訓練で、切手貼りとか、DMの封筒貼りとか、ファイリングとかでお手伝いに来てもらっています。じーっとだまってやる方、ちょっと声をかければちょっと笑える方とか、一人ひとり個性も違う。でも、それはこの方たちだけじゃなくて、私だって同じような気分になったり、心理状況ってあるので、社会全体が何かの違いで棲み分けるようなことが、緩やかになってほしいなぁ。
新井:アートでデザインしていくことや、新しい価値を見出すこと、障害と健常のあいだを混ぜこぜにして、溶かしていって、接続していく、価値観を揺さぶるって、すごく大事なことだと思うんです。
// 共生する社会に向けて
堤:最後に一言ずつお願いします。
新井: はじめに海老沢さんもおっしゃっていましたが、これからの未来は予測困難で、多分、経験したことのないことがいろいろ起こってくるけど、その中でも極力面白く、誰もが楽しく生きられたらたいいなと。
僕が影響を受けた野口体操の創始者・野口三千三の言葉に『豊かさとは、「ちょっと・すこし・わずか・かすか・ほのか・ささやか・こまやか…」というようなことを、「さやか」に感ずる能力から生まれる』というのがあります。
アートって、新たな価値観を創ることだと思うんです。そのためには積極的に「今をおもしろがる」感覚が土台になる。アートを専門職に任せるのではなくて、ちょっとしたことの中に、みんながアート的な自由な見方を取り入れる。既存の枠を取っ払って、美しかったり、楽しかったり、ワクワクするっていうことを、まず個々が自分の素直な感覚で、生活や身の回りの関係の中で発見し育てていけば、その集積が社会になっていく。問題を根本的に全部解決するためには、 社会の仕組みを大きく変えなきゃいけないって、大きい単位で見ると絶望を感じてしまうんですが、足元からできる小さなことを、自分の感覚に素直にやっていく。個々の感覚や価値観が少しユルむと、暮らし方も働き方も少し変わる、っていうふうになっていけばいいなと。
おおみや:自分たちが自分たちのできる範囲のことを堂々とやっていけば、それが社会になっていくっていうことを、みんな改めて共有したほうがいいのかな。息子のような人も、いろんな状況にある人、普通の人も、それぞれ、自信を持ってその立ち位置に居られる。そこに、アートであったり、デザインであったりが介在すればいいなあと。少し翻訳する必要はあるけど、それぞれの立場で社会に仲間を増やしていくのがまず一つかなって思いました。
海老沢:それぞれが当事者として、小さなことでもいいので考えていかないとなかなか変わらなくて、それを待っていても変わらない。「それぞれの持ち場や所属している現場で自分自身が変えていかないと」と、みんなが思うことがすごく大事だと思います。
今日のテーマは「分断」から「共生」でしたけど、アーティストさんとのワークショップもそうだし、「好き」を究めるということもそうだし、自分はこれが好きとかそういった心のベクトルを育てるような学びを知っていくことで、社会を変えるということが起きていかないと、なかなか変わらないんだろうなと思って。
日本って他の国に比べて子どもたちの自己肯定感がものすごく低いんです。あと、何かアクションを起こして社会が変わると思っている率がものすごく低いんです。そういう教育になっちゃっているんだなと思います。そこを、地道なことですけれども、少しずつ、わかる人たちと関係を作っていくのが大事なのかな。それが共生、ダイバーシティにつながるのかなと思いました。
それぞれのお立場からたくさんの知見を聞かせてくださった海老沢さん、新井さん、おおみやさん、本当にありがとうございました。さまざまな“障害”を越えて学び続けられる共生社会の実現へ向け、私たちもたくさんのヒントをいただきました。
なお、「インクルーシブ教育」に関わる“芸術家と子どもたち”の活動については、『特別支援学級ワークショップについての座談会 報告・記録冊子~インクルーシブ教育の理念に基づいた活動に向けて~』(2015年発行)にも詳しく書かれていますので、ぜひご覧ください。
Vol.3からは『矯正教育におけるアーティスト・ワークショップの可能性』をテーマに、少年院等の矯正教育の場にいる子どもたちについて考えます。
編集:NPO法人芸術家と子どもたち
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