正解がないから認め合える、いろどり豊かな表現のかたち vol.3~対談編~
パフォーマンスキッズ・トーキョー(PKT)
正解がないから認め合える、いろどり豊かな表現の形
vol.3 ~対談編~
第一線で活躍するアーティストとのワークショップを通じて、子どもたちのもつ身体性や創造性を育みパフォーマンスをつくり上げていくパフォーマンスキッズ・トーキョー(PKT)。
これまで 2021 年度の取り組みをvol.1 ホール編・vol.2 学校編でお伝えしてきました。
その締めくくりとしてvol.3では、「学校」におけるワークショップの可能性について、学校編の舞台となった墨田区立業平小学校の岩田先生と、芸術家と子どもたち事務局長の中西がオンラインで対談しました。
対談の進行と、編集・執筆は「mazecoze研究所」のひらばる れなさん・福留千晴さんです。
※ワークショップは、マスクの着用や手指・道具等の消毒、3密回避など、新型コロナウイルス感染予防対策を講じたうえで実施しました。
※一部の写真は、撮影時のみマスクを外しています。
岩田 純一先生 指導教諭。 |
中西 麻友 特定非営利活動法人 芸術家と子どもたち 事務局長。 |
子どもたち、大人たち、それぞれが起こした風
―業平小学校では、小学6年生 86 名が振付家・ダンサーの青木尚哉さんとワークショップを行い、運動会でパフォーマンスを披露しました。タイトルの『虹色の風を起こせ』は子どもたちの発案だと伺っています。
岩田先生:コロナの影響で、今年も全校一斉での運動会の開催が叶いませんでした。学年ごとに入れ替え制で行うことになったのですが、それでも、みんなで一緒にやった感覚を持ってほしいという思いがありました。共通のテーマがあればみんなの気持ちがつながるんじゃないか、一人ひとりが思いきり風を起こしてそれを最後に6年生が束ねて表現するような演出ができれば、と考えたことが始まりです。
―アーティストの青木さんは、「風を起こせ」というテーマを軸に、”その中で個々が逆方向の追い風や違う風を起こしてもいい、いまみんなの中には何があるのかを模索したい”とも話していました。
岩田先生:青木さんは、一人ひとりの違いを大事にしようと常に言っていました。その中で、こうやって身体を動かすともっと面白くなるよと教えてくれて。表現をする時って、恥ずかしさや周りに同調してしまうのをなかなか払拭できない中で、そんなのすぐに取り払ってくださった。子どもたちは周りを気にせずに動いて、生き生きしていました。
―ワークショップやパフォーマンスの様子は学校編の記事でも掲載していますが、岩田先生から見て、青木さんを見る子どもたちの様子はいかがでしたか?
岩田先生:青木さんやアシスタントのダンサーさんのことを憧れの目で見ていたと思います。あんなふうにやってみたいとか、あんなふうになりたいというように。それがすごく良かった。学校現場にはない視点がたくさんあって、僕もすごく勉強になりました。
自分は東京都の指導教員として体育を専門に学んできたのですが、“運動会は誰のためにあるのか?”という議論になったことがあります。体育の授業には“表現運動”という指導内容があって、何かのイメージになったり音楽にのせて動いたりすることを学習するのですが、この時間は運動会の練習に当てられることが多いんですね。その時に決まった振付や型の演目をすると、子どもたちからは同じ表現しか出てきません。確かに見栄えは良いのですが、表現というのはもっと別のところにあるんじゃないか、というのが僕の感じてきた疑問でした。
―岩田先生の問いがきっかけとなって、今回のワークショップが実現したのですね。PKTのことはどのように知って応募くださったのでしょうか?
岩田先生:体育の先生の机の上に、よく黄色いパンフレットが置かれていたので以前から知っていました(笑)。面白そうだなと思っていたし、新しいことに挑戦してみたいというタイミングで応募しました。
違うことからはじめよう
―ワークショップを通じて、子どもたちにはどんな変化や影響があるとお考えですか?
中西:アーティストや私たちは普段の子どもたちを知らないので、10 日間ほどではどこからどう変わったかは分からないというのが正直なところです。そもそも変わるのではなくて、一人ひとりのことを知っていく感じです。表現することも、楽しむ力も、関わる力も子どもたちは本来持っています。でも、今の学校のシステムでは見えにくくなっていて、それがアーティストとの出会いを通して見えてくる。アートは魔法みたいに子どもを変身させるのではなくて、普段の学校とは違う見方や引き出し方で子どもたちに関わることで、彼らがさまざまな可能性を自分たちで自由に選んでいいと思えるきっかけをつくるものだと感じています。
岩田先生:学校が堅苦しくて、息苦しく生活している子も少なからずいると思うんです。学校も先生も多様化していかなくちゃいけないけど、学校って昔ながらのやり方で上手くいっていることが残ってしまうので。そうするとその枠組みに当てはまらない子はどうしても苦しくなってしまう。
今回は、子どもたちのいろいろな表現の形を披露する場になりました。ダンスという身体表現だけではなく、閉会セレモニーでは工作のようなアート表現、それから鼓笛隊の音楽表現なども織り交ぜたパフォーマンスを行いました。ワークショップを通じて子どもたちが自由に自分の発想が認められて、いつもは自信がなさそうにしている子もすごく輝いていました。この経験が、これから先どこかで生きてくればいいなと思います。
中西:決まっていないことをゼロからつくり上げていくので、子どもたちの中には戸惑いや上手くいかないと感じることもたくさんあったと思います。でも、自分とは違う考え方や価値観を持つ人がいることを知り、それを否定せずに受け止めてみる。そんな対話や疑問をお互いの中で考え続けていくことで、次のことが生まれていくのではないかと期待します。きっと、5年 10 年経って気づくような時間軸で。成果は、すぐにはっきり形に現れるものではなくて、子どもたちの中で熟成されて出てくるものだし、目に見えることだけが成果でないと思います。
岩田先生:今回の運動会では、他校の先生が 20 名ほど視察に来てくれました。パフォーマンスを見て「感動しました」「新しいですね」という声をたくさんいただきました。少しの批判もいただきました。子どもの内面を引き出して自由に表現させるというやり方は、教員にとっては掌握がしにくいし、見栄えが不揃いになるという見方もあると思います。はっきりきっちりと同じ方向を向かせた方が安心だし指導も楽なのは僕にも分かるので。でもそれは教員からの視点だなとも思います。
中西:私も教員をしていたことがあって、その時に「先生が子どもたちに教えてあげる、してあげる」という関係性の中で、先生一人で人間を育てることはとても無理だと気づきました。
岩田先生:学校現場はかなり忙しく、一人の教員がいろいろな分野を子どもたちに教えています。その先生が持っている価値観や知識を中心に教えることになるので、まんべんなくおいしいものは伝えられるけれど、本当においしいものを届けることはなかなか難しいと思います。そういう意味で、今回のアーティストの方々は、本当にいいものを届けられる専門家でプロでした。学校もこれからどんどんそういった力を受け入れなくてはいけないし、外部の人もどんどん学校に入るようにアピールしてもいいんじゃないかと思うんです。結果的に子どもたちがより良くなればいいので。
中西:シンプルに、アーティストと子どもたちが出会ったら、何か面白いこと、楽しいことが始まるんじゃないかな。それを見てみたい、というのが芸術家と子どもたちや私の活動原点です。アーティストは、間違ったり困ったりすることも子どもの前で堂々としているし、「子ども」や「先生」「学校」という立場や枠組みにとらわれずに、その場にいるみんなでもっといい方法や表現を見つけていきたい人たちだと思います。アーティストという不思議な存在が学校に入ることで、教える・教えられるではない関係性が生まれる。そこで何かがゆらぐことから、世界の広さを知ることができるんじゃないかなと思います。
わからなくてもいい。正解がないから認め合える
中西:今回ひとつ印象的だったのが、青木さんが先生たちに「先生言い過ぎ」って注意した場面です。青木さんが子どもたちに隊形移動の動きを伝えた時に、先生としてはいいものをつくりたいという気持ちで、青木さんの説明だけでは子どもたちがわからないのでは、と先に立って教えてくれての発言でした。でも青木さんは「そんなに先回りして言わなくても子どもたちはできる。できなかったらできなかったで考えるし、いますぐできなくてもわかるまでやれば良い」というようなことを先生と共有したかったのだと思います。
岩田先生:あのシーンにはいまの学校の在り方が出ていたと思いました。僕も待てないんですよ。我々教員には責任もあるしそれが仕事なので。でも、自分を押し付けないで子どもたちに任せてみて、そこに何が生まれるかを待つことによって、私たちが想像し得ない子どもの姿や成長ぶりを見ることができました。子どもたちにとっても、それを認めてくれる大人がいるんだと知れたのは、すごく価値があることだったと思います。
中西:もちろん先生たちも待ちたいし、いろんな可能性を引き出したいという思いを持っていらっしゃいます。ただ、いまの学校現場ではそれが許容されにくいシステムなのだろうなと思うと、先生だけの課題ではなく、世の中全体の課題なんだと感じます。
―今回の連載タイトル”正解がないから認め合える、いろどり豊かな表現の形“にもつながると思いますが、すべてはわかり得ないアーティストの世界に、わからなさを持ったまま飛び込むことを子どもも先生も体験したのですね。
中西:わからないことに対して大人は不安になりがちですけど、子どもは案外大丈夫じゃないかと思っています。わからないけどとにかくやってみる、その力を大切にしたいです。世の中って実際はわからないことだらけですよね。不確実な人生を子どもたちはこれから生きていかなくちゃいけなくて、誰も答えを教えてくれないことを自分で見つけていかなくちゃいけないのに、学校教育の中で答えがあることだけをやっていたら、その経験をどこでするのだろう。それが子どもたちの生きにくさにつながるのでは、という懸念もあります。そうした課題を見つけることで、学校以外の子どもたちのいる場所へも活動が広がっているので、やればやるほど発見や気づきと共に次の課題が見えてくることの繰り返しです。
岩田先生:学校現場でも、わからないものを受容する力はこれからとても重要になってくると思います。そういった意味でも、この活動をやってみたいという声は周りでもすごく聞くので、価値がある魅力的な取り組みだと思っています。自分も初めは不安があったのですが、いまはやって良かったという気持ちが 100 パーセントです!
-ご自身の問いを持ってプロジェクトの扉を開いた岩田先生、ワークショップに参加した子どもたち、アーティストの青木さんそれぞれの立場から起こした風が、いろどり豊かな表現の形を生み出しました。その風は、教育への新たな視点や、子どもたちの多様な可能性を掘り起こすためにいまも吹き続けているようです。体験を通しての貴重なお話をお聞かせいただいた岩田先生、ありがとうございました!
編集・執筆: ひらばる れな mazecoze研究所代表・編集長
福留千晴 「地域と食のしごと」NORTHERN LIGHTS代表/mazecoze研究所 企画・編集・執筆 |
パフ―マンスキッズ・トーキョー(PKT)は、運動会に限らず、参観日や学習発表会、また特別支援学級や特別支援学校など、様々な発表の機会、学校で実施しています。そして、それぞれの学校のご希望に応じて、その学校ならではの作品をつくっていきます。来年度(R4年度)の募集は1月に都内全小・中学校・特別支援学校にパンフレットをお送りしますので、ぜひ応募をご検討ください。
※PKT(学校)の募集詳細はこちらから(応募締切2022年2月9日(水))
記録写真:NPO法人芸術家と子どもたち
対談日:2021年11月16日
※無断転載・複製を禁ず。