【勉強会報告】少年院にいる子どもたちの現状と課題を学ぶ vol.2(後編)
少年院×芸術家と子どもたち
【勉強会報告】
少年院にいる子どもたちの現状と課題を学ぶ vol.2(後編)
公開オンライン勉強会「少年院にいる子どもたちの現状と課題を学ぶ」の様子をお届けしているコラムの後編。前編のコラムでは、法務省の中島さん、山本さんによる講話の様子をお届けしました。今回のコラムでは、勉強会後半、アーティストの新井英夫さんとお二人によるフリーディスカッションの様子の一部をお届けします。
>>勉強会前半の様子を記載したvol.1(前編)の記事はこちらから
【助成】公益財団法人ベネッセこども基金
公開オンライン勉強会「少年院にいる子どもたちの現状と課題を学ぶ」概要
登壇者 | 中島学/法務省札幌矯正管区長 山本宏一/法務省矯正局少年矯正課企画官 新井英夫/体奏家・ダンスアーティスト |
実施日時 | 2021年12月21日(火)19:30〜21:00 |
実施場所 | オンライン会議室Zoom |
プログラム | ①芸術家と子どもたちより―『アーティストによるワークショップ(ASIAS)とは?』 ②中島学さんによる講話―『立ち直りを支援する少年院の現状と課題』 ③山本宏一さんによる講話―『「生きづらさを抱える子どもたち(被虐待経験のある子や発達障害のある子)」への対応の現状と課題』 ④フリーディスカッション<中島学×山本宏一×新井英夫> ―『社会に出ていく「生きづらさを抱える子どもたち」に、アーティストによるワークショップ(ASIAS)ができること』 ※太字の④が、今回のvol.2のコラムでお届けする内容です。 |
参加者 | 教員、アーティスト、少年院関係者など41名 |
フリーディスカッション<中島学×山本宏一×新井英夫>
『社会に出ていく「生きづらさを抱える子どもたち」に、アーティストによるワークショップ(ASIAS)ができること』
// 「人と何かをやることが、僕はとても楽しくなった。」
新井英夫さん(以下、新井):ここから進行役を務めます。よろしくお願いいたします。僕は普段、芸術家と子どもたちさんから依頼を受けて、教育や福祉の現場、もしくは社会包摂に関わるような場でワークショップをしています。僕が何かを「教える」というようりも、子どもたちの即興的な表現を受け止めて、コール&レスポンスのように返していくというような、言葉によらない対話みたいなことを大事にしています。
今、お二人のお話を伺って、これまでに出会った児童養護施設や障害児入所施設にいる子どもたちのことを思い浮かべたりしていました。厚労省の最新の調査によると、児童養護施設で暮らす子どもの中で、被虐待経験のある子は65%で、これは年々増加しています。また、発達障害などの障害があるとされている子の割合も年々増えていて、3割ほどの子どもが何かしらの障害の診断を受けているそうです(※)。僕が彼ら彼女らとワークショップをやっていて思うことは、「人と関わるスキル」をあまり獲得できずにきたことが、生きづらさに繋がっているのではということです。そしてそれは個人の責任というよりも、周囲との関係性の中で生きづらさが生まれているなと感じます。これまで、彼ら彼女らと様々な関係づくりの経験を積むようなワークショップを行い、それを積み重ねていく中で、大きな変化が見られた子どもたちもいます。初めて出会った時は、ワークショップ中ずーっと「ウワーッ!」って暴れまわっていた小学生の子が、毎年色んなアーティストのワークショップを受けて、高校生になって卒園する時、「人と何かやることが、僕はとても楽しくなった」と言っていて、この言葉は、僕にとっても、すごく思い出深いものになっています。
まずお二人に率直に伺ってみたいこととしては、少年院では、どんなワークショップが必要とされているのかということです。先ほど、中島さんがラップづくりの話をされてましたけれども、すごく面白いと思うんですよね。ただラップってやはり言葉の芸術じゃないですか。自分にヒットした言葉を見つける前の段階、ノンバーバルな部分を、例えばアーティストが関わってワークショップをするとしたらどんなことができるのか。中島さんは他にも「ことばの貯金箱」という活動もされていると伺いましたが、その辺りも含めてお話しいただきたいです。
※厚生労働省子ども家庭局 厚生労働省社会援護局障害保健福祉部(令和2年1月)『児童養護施設入所児童等調査の概要(平成30年2月1日現在)』
// 少年院では、どんなアーティスト・ワークショップが求められるのか?
中島学さん(以下、中島):ありがとうございます。最初に「ことばの貯金箱」の説明を少ししますね。まず、新聞紙の中から、設定されたテーマに沿ったことばを切り取ります。それを貯金箱に見立てた箱に、「ちゃりん」と言いながら入れていきます。それを図1,2のように、好きなように台紙に貼り付けていくんです。図1も2も、「希望」というテーマでつくった私の作品です。
新井:面白い!
中島:先ほどのノンバーバルの話ですが、少年院にいる子どもたちは、自分の中にある思いを言語化して外に出すということへの抵抗感が非常に強いです。しかし、こうしてつくった作品をみんなの前で発表するとなると、例えば、「テーマが希望なので、明るい希望の絵をつくりました…」というように、この作品を手掛かりとして、割と簡単に会話ができるんですよね。まずは自分の中にあることばを溜めて、次に相手に表出する…ということを、ことばの貯金箱では取り組んでいます。
つまり、どんなワークショップが望ましいかというと、一方向的なものではなく、常に応答的なコミュニケーションがあるものだと思います。それもバーバルである必要はないんです。ノンバーバルも含めた交流があって、そこに関係性が生じる活動であれば、子どもたちの中にスッと入っていくのではないかなというのが、私の経験から思うことです。
新井:ありがとうございます。山本さんはいかがですか。
山本宏一さん(以下、山本):そうですね。ILL-Abilitiesとのダンスワークショップでも感じましたが、支援教育課程の子たち(知的障害や発達障害により処遇に配慮が必要な子たち)は、やはり自分の身体をなかなか思う通りに動かせない子たちが非常に多いです。しかし、ダンスというものを通して、自分の身体を動かしながら、表現するということを楽しみながらできるようになることは、単に療法的に改善を図るのとは全く違う効果があるのではと感じます。また、やはり少年院はどうしても、決まったことを決められた通りにやるという側面も非常に強いので、「自分の好きなように考えよう」とか、「自由に相談してみよう」という時間を意図的につくっていかないと、思考停止のままただ日々が流れていくことに子どもたちが慣れてしまうんです。先日、多摩少年院で、プログラミングのワークショップをやったのですが、「自分の寮を便利にするにはどうしたらいいか、自由に考えてみよう」という時間をつくったことで、本当に色々な意見が出てきまして。寮の先生も、「彼があんなに話すと思わなかったなぁ」と子どもたちの新たな一面を知れたようです。ですので、やはり対話ややりとりのキャッチボールができるような内容であれば、私はダンスに限らず、どんな分野のワークショップもやってみたいなと思います。
新井:なるほど。今キーワードとして「対話」とか「キャッチボール」とかっていう言葉が出てきました。僕が日頃「こんなワークショップはよくないな」と思っているのが、「教えたがりの人」が来ちゃうことなんですよ。ワークショップの指導者のことを、「ティーチャー」とはほとんど言わないですよね。「ティーチング」っていうのは、こちらが「正解」とか「こうあるべき」を持っていて、それを教える。そして、みんながその通りにするということです。そこには達成感があったり、規律を覚えたり、共同性を学ぶなんてことはあるのかもしれないですが、恐らく少年院からアーティストに求められているスタンスは、「ティーチャー」ではなくて、「ファシリテーター」なのではと思います。こちらが「正解」を持って教えるのではなくて、子どもたちの傍らに寄り添いながら、相手の良さや得意技を導き出していく。もしくは、対話の機会をデザインしていくというのがアーティストの仕事だと思うんです。キャッチボールって、相手が絶対届く範囲にボールを投げてあげて、相手も取れたからこそ、こちらに返したくなるみたいなものですよね。今度はちょっと違うところに投げることで、やりとりの面白みが増してくるみたいな。そうしたやりとりを積み重ねていくことで、自己肯定感や相手への信頼感が増幅していくんじゃないかなと感じました。
// 「少年院」と「社会」との対話
新井:先ほど少年院の中でラップづくりの活動をしたと伺いましたが、それを何か外部に発信したりはされたのですか。
中島:実はやりました。初めてラップづくりをした時、子どもたちのつくったリリックが、非常に自己顕示欲の強いものになっていたんですね。正直、これを社会の人に投げたら、批判しか返ってこないのではないかと危惧したんです。しかしとりあえず、彼らのラップを十数名の社会の方々に聴いてもらいました。そして、それを聴いたお一人お一人にも、リリックをつくって返してもらいました。そしたらですね、やはり社会の側に、感受性のある方々にいてもらったこともあり、子どもたちの虚勢をよく理解してくださって。「そんなにとがってなくていいんだぜ、お前の叫び、俺もわかるぜ」みたいなリリックを返してくださったんです。そうしたら、もう子どもたち、みんな号泣でした。「社会の人たちが、俺らのこの汚らしい言葉のラップをちゃんと真面目に受けてくれたんだ」って。この次に彼らのつくったラップが、ものすごい心を打つような言葉で溢れていたんです。それを2往復半しました。社会の人たちのレスポンスによって、子どもたち一人一人のリリックに変化が起きたんです。社会の側の方々も、やはりある種の当事者性を持って、生きづらさを感じている部分があるんですよね。今回の活動では、子どもたちのリリックが、少年院の塀を越えて、そうした社会の方々の生きづらさへの励ましにもなったのではと思うんです。
少年院は、迷惑施設だと言われますが、生き直しや育ち直しの中で生じる、こうした宝のような瞬間を、社会の方々に繋げていくことによって、社会の側の人たちにとっても助けになる部分があるのではと。そしてこれが、少年院があることのこれからの意義なのではと思っています。「あそこの少年院で、今度ラップのワークショップあるみたいだから、一緒に行ってみようよ」みたいに、社会の側の方々と相互に交流を重ねていく中で、やっぱりここは必要な施設なんだという理解が深まっていくことを望んでいます。
新井:そうなったら本当素晴らしいですよね。
中島:そうなっていくために、我々日々頑張ってますよね。
山本:本当にそうですね。
私も少年院に勤務している時、町の方々と話をすると、少年院が近くにあることはみなさん知っているんです。だけど、「ああ、少年院あるね。あるけど、中で何やってんの?悪い人がいるんだろう?」というのが、概ねの人たちの意見でした。実は、旧神奈川医療少年院の跡地には、これから新しい少年院を立てる予定があるのですが、建てる前から、「地域の人と一緒にある、一緒に建てる」というコンセプトでやりたいという野望を秘かに持っています。仮囲いの絵画の活動でも実感しましたが、社会との繋がりをつくっていく上で、やはりアートの力というものは非常に大きいと思っています。
// 「少年院にアーティストが行く」ということ
新井:僕はまだ、少年院の子どもたちと出会ったという実体験はないんですね。ただ、冒頭でもお話しした、児童養護施設の子どもたちとの関わりの中で、何かすごく厄介に思ったことがあったかといういうと、そんなことはなく、彼らも一人ひとり素晴らしい表現を持ってたりするんです。その出会いの中で思うことは、「ああ、彼のここ、僕のここに似てるな」ってことなんです。僕はもう一応大人なんで、大嫌いな人と好きな人がいても、そんなに差がないように接したり、表面上取り繕ったりすることができますけど、彼らはそういうことはしない。嫌だったらいや、好きなことはずっとやっていたい。あ、バランスがとれないだけなんだと。僕も、自傷行為まではいかなくとも、非常に自分を責めて苦しくなる時があります。それが彼らは自傷行為として出ていたり、ある時は他害として出てしまったりしているんじゃないかと。でも、その子が逆にそのことをパンッと包み隠さずに出してきたり、こちらが受け止めたりっていう信頼関係ができて、それが表現のエネルギーに変わった瞬間というのは、本当に美しいんですよね。人間として本当にそれをやりたいから手を差し伸べて相手と手を繋いだ瞬間とか、一緒にジャンプした瞬間とか。
アーティストが少年院に行くことって、世の中のために…とかいうことではなくて、アーティスト自身が本当にワクワクして関われる場所だからこそなんじゃないかなと思います。世の中の役に立つから芸術がある、そうじゃなきゃ芸術はダメってなると、芸術側もなんだか先細っちゃいます。でも、アーティストが「人はどんなときに言葉を見つけ、言葉を発するのか、人と関わりたいのか」というスタートに立ち、その本質を見つめ直す機会として彼ら彼女らに出会える…と思うと、それってとても素晴らしいことなんじゃないかなと思います。
勉強会終了後、ご参加くださった方々からも、多くの感想をいただきました。その一部をご紹介します。
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登壇者プロフィール
中島学/法務省札幌矯正管区長
法務省札幌矯正管区長 博士(法学) |
山本宏一/法務省矯正局少年矯正課企画官 秋田県横手市生まれ。秋田大学教育学部卒。 |
新井英夫 /体奏家・ダンスアーティスト 自然に沿い力を抜く身体メソッド「野口体操」を創始者野口三千三氏より学び深い影響を受ける。投げ銭方式の市街地野外劇などアートでヒトとマチとの関係を紡ぐユニークな劇団活動を主宰、のち独学でダンスへ。現在まで国内外での舞台公演活動多数。舞台活動との両輪として、教育・福祉・社会包摂等に関わる現場で、乳幼児から高齢者まで幅広い対象に向けた身体表現&非言語コミュニケーションのワークショップ「ほぐす・つながる・つくる」をバリアフリーに日本各地で展開している。国立音楽大学・立教大学非常勤講師。 |
中島さん、山本さん、新井さん、本当にありがとうございました。また、勉強会にご参加くださった皆さまも、たくさんのご意見・ご感想をお寄せいただき感謝申し上げます。こうして皆さんと「対話」を重ねていくことが、子どもたちの未来をつくっていく大事な一歩であることを強く実感する勉強会となりました。
芸術家と子どもたちでは、引き続き少年院にいる子どもたちに関心を寄せながら、関係者の皆様と、何ができるのかを一緒に考え、活動を前に進めていきたいと思います。また、こちらのコラムでも進捗共有して参りますので、引き続きよろしくお願いいたします。